人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ui-note

ジョルジュ・シムノンのメグレ警視

一週間ほどかけて手元にある河出文庫版「メグレ警視シリーズ」を読み返した。
どれも、長編とまではいかない中編+αくらいの長さで、ゆるゆるとしたペースでも三日で二冊程度は読めてしまう。

それにしても、このシリーズは何のジャンルに入るのだろうか。
推理小説というには特に際立ったトリックやアリバイ崩しがあるわけでもない。
確かに殺人事件は起きるけれど被害者はたいてい一人。複数人が被害者となる事件は少ない。
犯人は何となく目星がついて、メグレ警視がカフェやバーでビールを飲んだりサンドイッチを食べている間に何となく追いつめられて、何となく事件は解決する。
時には犯人と格闘することもあるが、ほとんどの場合メグレ警視と話をするうちに犯人の方からボロを出してしまうのだ。

こんなふうに書くと、昨今のサスペンスや謎とき、果てはサイコものに慣れた者には物足りなく感じてしまうかも知れない。けれど、いざ読み始めると、物足りなさなど感じる間もなく読み進んでしまう。なぜだろう。

今、手元に河出文庫のシリーズしかないので他の出版社から出ている本については確かな事は言えないけれど、シリーズ全ての本にパリ市内の地図が載っている。
パリ警視庁のあるシテ島、メグレ夫妻の住んでいるリシャールルノアール街、その物語に出てくる場所が、通りを示す単純な線と記号で表されている。
この図のおかげで本文を読んでいる最中も「この辺りで事件があったのか」とか「メグレ警視はこの辺りのバーでカルバドスを飲んだのだ」などと楽しむ事が出来る。

そして、本文とは別に長島良三氏による「解題」を読みメグレ警視の人生について知る事となる。

普通、ワタシの知っている問題解決者(古くはシャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロなどから最近ではリンカーン・ライムやガリレオ湯川凖教授などなど)は、全て立派な大人の姿で現れて来た。
彼(あるいは彼女)が、どんな子供時代を過ごしたのか、などということは話の一部にエピソードとして書かれている事はあっても詳しく紹介される事はほとんどない(あるのかも知れないけれどワタシは気づいていない。レクター博士は問題解決者ではないし)。
現に、あのワトソン博士でさえ、ホームズにマイクロフトという兄がいる事を知るのは「ギリシャ語通訳」事件の時だ。

ところが、ワタシはメグレの子供時代を知っている。
彼の父親の仕事や人となりも。母の無くなった理由も。
父と離れ寄宿舎生活を送った事も。
週末になると父が迎えに来てくれていた事も。
叔母の家で過ごしていた事も。
父が亡くなり医学の道を諦めてパリに出て来た事も。
警官になったきっかけも。
パトロール警官から始まり、自転車でパリ中を走り回り道を覚えた事も。
日々の勤務の中で身に付けた事柄も。
警視となってからも現場仕事を望みデスクワークだけの管理職への昇進を断った事も。
そしてメグレ婦人との最初のデートの様子さえも。

長島氏の「解題」のおかげでワタシはメグレ警視に対し、より親しみを感じることができ、読書を楽しむ事ができている。

それにしても困るのは、これらの情報のおかげでメグレ警視について実在の人物ではないのかと錯覚してしまう事だ。
そして、実はシムノンこそがメグレその人ではないのかとさえも。
シムノンとメグレ警視には仕事中にもお酒を欠かさないという大きな共通項もあるし。

それからワタシがこのシリーズを読んでいて好きなのはパリについての描写だ。
既に電話も自動車も普及していたにも関わらず「部屋には尿瓶が置いてあった」などと書かれているのを読むと「さすが、香水の国」と嬉しくなってしまうのだ。
どうでも良いかも知れないけれど、ささやかな喜び。

いずれにしてもメグレシリーズは何時読んでも楽しめる。

そういえば、持っていない河出文庫版のメグレシリーズを購入しようとネットで調べたら中には定価の5倍もの値段がついているものもあり驚いた。
全て廃盤になっているので仕方が無いのかもしれないけれど。地道に探すしかなさそう。

それから、ワタシが知らないだけかも分からないけれど、昔はシムノン、ル・ルー、クロフツなどフランスの探偵もの推理ものには良い作家、良い作品が沢山あったけれど、最近はほとんど聞かないような(翻訳されてないだけ?)。
頑張れフランス。
by uiuilog | 2008-12-11 21:29 | 読書
<< 高橋克、といえば 人間失格!か? >>